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seven wonder!
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 きっと誰でも、一度は耳にしたことがあると思う。
 人のいない体育館でボールの弾む音がしたり、下校途中にマスクをした長い髪の女性に声を掛けられたり……。
 どんな学校にも付き物の、ありふれた怪談話。
 教室で友達がそんな話をしていても、まったく興味の無かった私はいつも、ふうんと気のない相槌を打つだけだった。学校近くの心霊スポットへ遊びに行っても、キャーキャー言いながらしがみ付いてくる友達を、ハイハイと支えながら歩くのが役目だった。
 今の世の中、そういう人は少なくないと思う。
 けれど心霊現象や超常現象にクールでいられるということは、本当はとても幸運なことだと思う。
 私だって前は、そうだった。親しい友達が奇妙な出来事を体験をするまでは、目に見えない世界に怯えたり、理解の出来ない力を恐れたりなんて、したことがなかった。
 そして………ついにあの日、とうとう、奇妙な出来事は"友達の話"では済まなくなってしまった。

 これは、私がまだ私立S女学院・高等部の1年生だった頃、実際に体験した一生忘れることのできない事件の話だ。




 賑やかな通りから少し入ったところにある雑居ビルの二階。
 黒いペンキで塗りつぶされた階段を上っていくと現れる、えんじ色の重々しい扉。
 看板や表札の類、そこが何かを示すような表示は一切見当たらない。
 しかし勇気を出してその扉を押せば、心地の良い音楽が聴こえてくることを、私は知っていた。
 クラスの子が夢中になっているようなアイドルや歌手の音楽とはまったく異質の音、時には小気味いい電子音のノイズが、時にはスロービートを刻むウッドベースの低音が、時には素朴で力強い歌声が、質のいい音響設備を通して店内の隅っこの方まできちんと行き届くようになっている。
 そして、そんな音楽より更に印象的なのは、この店に集まる様々な人たちの姿だった。
 広くない店内は、今日も大勢の人で溢れかえっているはずだ。
 テレビや雑誌で見かける顔もめずらしくない。外国人だっていっぱいいる。白いあごひげを生やしたおじいさんだって見たことがある。
 職種も人種も年齢も関係なく同じ空間を共有し、おしゃべりを楽しんだり、音楽に身体を揺らしたり、ひとり座ってお酒を味わったりしているのだ。
 この扉の向こうは私にとって、隅の方に立っているだけで、いつもの自分とは違う自分になった気分の味わえる、官能的な場所だった。
 私は前に二回、この扉の向こうへと行ったことがあった。二回とも、みっつ歳上の姉と一緒だった。
 だけど今日はひとりきり。
 理由は姉が「自分で自分のことに責任が取れるようになるまでは、夜遊びはしない」と言いだしたから。理にかなっているように聞こえるけれど、実は姉の今の彼氏が遊び歩くことを嫌がっているせいだというのを、私はちゃんとわかってる。そして、姉が妹の切なる願いよりも、彼氏のワガママを重要視するということも。
 だから今日は仕方なく、ひとりだけでやって来たのだ。
 自分の部屋を、こっそり抜け出して。
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 いざ扉の前に立ってみると、それを押す勇気がなかなか出なかった。
 誰かが来たら便乗して一緒に入ってしまおうと思っていたのに、そういうときに限って誰も来てくれない。
 心臓をバクバクいわせながらどうしようか迷っていると、やがて背後から待ち望んだ音が聞こえてきた。誰かが階段を上って来る。
 こうなったら仕方がない、と覚悟を決めて扉の取っ手に手を掛けたその時、  
「あれ、ユウキちゃん?」
 聞いたことのある声に、はっとして振り向いた
「あ……メイさん」
 それは、姉の高校時代から友達のメイさんだった。
「ひさしぶり~!ユウナも一緒?」
「えっと……中に……いるはず」
「そっかそっか」
 ものすごい美人のメイさんは、今日も知らない男の人を連れている。
「あ、この人、ノリくんね。ノリくん、この子、ユウナの妹」
「……こんばんわ」
「どうもー、よろしくー」
 男の人と軽い感じで挨拶をしたら、さっきまでの緊張感が何だかなくなっていて、私はためらいなく扉を押すことが出来た。
───いらっしゃい」
 私と同じくらいじゃないかっていうくらい若い店員さんが、入り口横のバーカウンターの中から声を掛けてくる。
 店内は、金曜日にしては空いていた。
 だけどやっぱり聞いたこともないような音楽が流れていて、身体の芯に響くリズムが身体に心地よかった。
「何飲む?」
 ノリくんが尋ねると、
「んーと、なんか軽いやつ」
 お酒には強いはずのメイさんがそう言うのを聞いて、あれ、と思った。
「具合、悪いんですか?」
「寝不足で、ちょっとだけね」
 美容系の専門学校に通っているメイさんはメイクが上手いから気付かなかったけれど、少し顔色が悪いように見えた。
「最近、やな夢ばっかみちゃってさあ」
「夢?そのせいで眠れないんですか?」
「眠れるんだけど、寝た気がしないっていうか」
 しかも、見るのはいつも必ず同じ夢なのだという。
「ここ一カ月くらいずっと」
「どんな夢なんですか」
「女の人がね……突っ立ってこっちを見てるだけなんだけどね」
 25、6歳くらいの女の人が、悲しげな顔をしてじっと見つめてくる夢なのだという。
「でもね、寝たら必ずその夢なんだよ。気持ち悪くない?」
「知ってる人とかじゃなくて?」
「見たことも会ったこともないよ、あんな人」
 はあ、とメイさんはため息を吐いた。
「いつまで続くんだろ。ほんとやめて欲しい」
 眠れているんだから、寝不足とは違うんだと思う。変な夢のせいで、精神的に参っているという感じだった。
 夢の話の後に、姉の話や、メイさんの今の学校の話、メイさんの母校でもあるS女の話、ノリくんとの馴れ初めや、ノリくんの仕事の話をしたけれど、メイさんは時々、つらそうにため息を漏らした。
「メイ、調子悪いんなら帰ろう」
 ノリくんがそう言いだしたのも、無理はないと思う。
「え、いいよ」
「よくねーよ。そんな顔されたらこっちまで気分悪くなる」
「……わかった。ごめん」
「車、まわすわ」
 ノリくんが店を出ていくと、
「ユウキちゃん」
 メイさんが顔を寄せてきた。
「ユウナが来てるなんて言ってたけど、嘘でしょ」
「え………!?」
「ひとりでこんなとこ残していって何かあったらやだし、一緒に帰んない?」
「………はい」
 ということで、結局私も、メイさんと一緒にノリくんの車へ乗り込むことになった。
 メイさんちへ行く前に私の家に寄って貰うことになり、店を出発した車は、途中で私のよく知っている道に通りかかった。
 S女の敷地に隣接した土地は、山と言うか森のようになっているのだけど、その森の中を通る道だ。
「大丈夫ですか?」
 車がその道を走っている最中に、メイさんが油汗をかきだした。
「私、この場所嫌いで」
 苦しそうに額を拭っっている。
「前にここで、タヌキを轢いちゃったことがあって」
「ええ!ここ、タヌキがいるんですか!」
 私が驚いていると、
「なあ、おまえ免許ねーじゃん。誰の車に乗ってたんだよ」
 ノリくんが不機嫌な声で聞いてきた。
「誰だっていーじゃん」
「いつの話だよ」
「忘れたよ、もう一年は前の話だもん」
 ふたりは、口げんかを始めてしまった。ノリくんの舌打ちに、車内の空気が一気に悪くなる。
 だから家の前で車を降りたときは、やっと解放されたというすがすがしい気分に加えて、ものすごい疲労感が肩の辺りに重石みたいに乗っかっている気分がした。
 誰にも気付かれずに家の中へ入るという大仕事を何とかこなしてベッドに倒れ込むと、私はあっという間に、眠りに落ちてしまった。



 そこは、霧深い森だった。
 少し先を、光がものすごいスピードで左右に走っている。
 たぶん、車のヘッドライトだ。
 私はそこへ行かなきゃいけない、と思った。
 あの光の流れるところに、がんばって行かなきゃいけない。
 だけど泥の中を歩いているようで、中々前へと進めない。
 早く、早く、早く。
 必死に足を動かしていると、私のすぐ横に、誰かがいるのに気がついた。
 姉より少し歳が上くらいの、女の人。
 その何とも言えない悲しげな表情に、思わず釘づけになった。
「どうしたんですか」
「何か、あったんですか」
 話しかけてみても、何も喋ってくれない。
 仕方なく、また光の流れる方へ向かって歩き出す。
 けれども一向に前へは進めない。
 身体がどんどん重くなる。比例するように、心もどんどん重くなる。
 女の人は相変わらず、私の横に立って何も言わずに私を見つめている。
 こっちはものすごく必死なのにまったく変わらない女の人の様子に、何だかイライラしてしまって、
「何なの!言いたいことがあるなら言ってよ!」
「そうやって、私のこと馬鹿にしてるの!?」
 大きな声を出してしまった。
 それでも、女の人は口を開こうとしない。
 私は、走った。と言っても、まったく前に進まないから、女の人との距離は全然離れない。
 思い通りにならないもどかしさで、涙か出そうになったその時、
────ッ!!」
 目が覚めて、ガバっと起き上がった。汗だくになりながらあたりを見回すと、いつもの自分の部屋。いつもの自分のベッドの上。夢の中と同じように、はぁ、はぁ、と息が乱れている。
 時計で確認すると、たっぷり眠ったはずなのに、疲労感がものすごかった。
 そして………。
「ありえない…………」
 呆然とした。
 何も言わない女の人の夢。
 メイさんの言っていた夢と同じだということに、気付いたからだ。
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